釣魚嶼 (魚釣島) 発見者は中国人と考えられる

 

   中国の唐代より前の貨幣である五銖銭が沖縄本島のみならず久米島でも出土した事は唐王朝成立前から中国の民間交易船が沖縄本島や久米島に来ていた証拠と考えられる。また、7世紀前半から10世紀半ばまで流通したとされる唐銭「開元通宝」が沖縄本島のみならず石垣島等の八重山諸島から出土した事は10世紀末までに中国の民間交易船が石垣島等の八重山諸島にも来ていた来ていた証拠と考えられる。その場合、中国の民間交易船が釣魚嶼 (魚釣島) を発見した可能性が高い。  私の別記事 [ 沖縄県下の遺跡からの中国銭出土は中国民間交易船による釣魚島発見を示唆する ] 参照。 ) また、一旦発見すると以後は航海の目標にされ、標高の低い近隣の黄尾嶼 (久場島) や赤尾嶼 (大正島) も発見された可能性が高い。逆に、琉球王国時代に、石垣島等の先島の住民が釣魚嶼 (魚釣島) で漁業していたとは考えにくい (別記事・[ 明治以前に琉球の漁民が尖閣諸島で漁をしてなかったと考えられる理由 ]参照)。

   そして、明朝は当初は中国に渡海する外洋船を持たない琉球王国に朝貢できるように外洋船と操船技術者を供与したのである (別記事・[ 明朝中国は琉球王国に船と航海技術者を与えた ]参照)。現存する最古の尖閣諸島の記録である1534年の冊封使・陳侃 (ちんかん) の著書の『使琉球録』 (1534年公刊) には、冊封使・陳侃が琉球王国への航路の経験のある中国人船員がいなかったので琉球王国派遣の船員が冊封使船に乗船して操船した事が記録されているが、中国人船員が琉球王国への航路を忘れた原因は前回の冊封使船派遣から55年も経っており前回黄海の経験者が引退して高齢化して回答不能になり、しかも、過去の航海の記録が消失した事が原因である事も冊封使・陳侃の著書の『使琉球録』に記載されている (別記事・[現存最古の記録で琉球王国派遣船員の操船でも中国による発見  ]参照)。

   さらに、鄭舜功著『日本一鑑』の「萬里長歌」によれば、16世紀半ばには釣魚嶼 (魚釣島) に民間人が住んでいた事がわかる。そして、その民間人は巡視に来た役人と会話ができ、釣魚嶼 (魚釣島) 付近に生息する多種のサメの名称( ただし、サメと誤認したクジラ・イルカの類もサメに含めている )を列挙しておりサメを好んで食する漢族の嗜好と一致し、危険なサメを虎に喩えており虎の生息していた福建出身の漢族漁民と考えられる。また、釣魚嶼 (魚釣島) 周辺にサメが多い事は明治以降の日本側の資料からも確認でき鄭舜功著『日本一鑑』の「萬里長歌」の記述は信頼性が高い (別記事・[ 鄭舜功著『日本一鑑』は釣魚嶼に中国人居住し官憲の巡視があった事を示す (標準版) ] 参照。 )

   また、「釣魚嶼」の日本名が「魚釣島」と「釣魚」の「釣」という字と「魚」という字が逆転してるのは中国語と日本語の文法の違いによるものであって、沖縄の言葉も日本語の方言である以上は基本文法が同じはずだから、「釣魚嶼」は中国名である。実際に、元・琉球王国の役人だった大城永保が明治期に沖縄県に釣魚嶼 (魚釣島) を日本領にする事を上申した際に最初に「魚釣島」と表記しており、また、2010年に日本政府が憲法の表現の自由を無視してグーグル社にグーグル・マップから「釣魚島」の表記を削除するよう申し入れた事も「釣魚嶼」が中国名で無主地先占を目指す場合には語順から不都合だったと日本側が認識していた事がわかる (別記事・[ 表現の自由を無視しグーグルマップから中国名削除を要求した日本政府 ]参照)。

   「黄尾嶼 (久場島) 」・「赤尾嶼 (大正島) 」についても、清朝最後の二回の冊封使に「黄尾嶼」を「久場島」、「赤尾嶼」を「久米赤島」と琉球名で教え込んでいた。(鞠徳源教授の『日本国窃土源流-釣魚列島主権辨』 参照。) その事から「黄尾嶼」・「赤尾嶼」が中国名だとわかる。

   さらに、冊封使・郭汝霖が著書・『使琉球錄』で「焉赤嶼者界琉球地方山也」 (赤嶼は琉球地方を界する島である) とした事について異議を唱えず琉球王国の正史『中山世鑑』に転記している。また、その後、冊封使・汪楫が著書・『使琉球雜錄』で赤尾嶼沖を「中外の界」と記述した事にも異議を唱えていない。

   尖閣日本領論者の日本人の中には琉球人が発見した島を中国人が中国名をつけて横取りしたかのごとき被害妄想にとりつかれている人がいるようであるが、明朝中国は下賜品を気前良く琉球側に与えており当時は排他的経済水域も無く経済価値の低い無人島を横取りするようなセコイ事をするはずがない。

   よって、釣魚嶼 (魚釣島) ・ 黄尾嶼 (久場島) ・赤尾嶼 (大正島) は中国人が発見・命名したと考えられるのである。


目次

2018年3月29日(2016年10月4日・当初版は こちら 。)

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浅見真規 vhu2bqf1_ma@yahoo.co.jp