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 琉球王国併合で尖閣諸島の実効支配拠点を得た日本、失った中国

 

   日本は明治初期に、武力を背景に琉球王国を併合した。この琉球王国併合 (琉球処分) (注) によって、日本は釣魚嶼 (魚釣島) ・黄尾嶼 (久場島) に対する実効支配拠点を得た。逆に、以下に述べるように、日本による琉球王国併合によって、清朝中国は釣魚嶼 (魚釣島) に対する洋上からの実効支配 (別記事・[ クリッパートン島事件は洋上からの無人島の実効的先占を認める ]参照) を失ったのである。

   パルマス島事件判決によれば、オランダは原住民のパルマス島を支配地域とする近隣の島の大酋長を冊封する事によって間接的にパルマス島を実効支配していた事が認定された (別記事・[ パルマス島事件判決はオランダに冊封された大酋長による間接的支配を有効とする ] 参照) 。 それゆえ、日本に併合される以前、琉球王国は、二年に一回、清朝中国への進貢船 (朝貢船) が帰路で釣魚嶼 (魚釣島) を航路目標とする事によって巡視も兼ねていた事から、清朝中国は琉球王国の朝貢船 (進貢船) によって釣魚嶼 (魚釣島)を間接的に実効支配し、また、琉球国王の代替わりには冊封船が釣魚嶼 (魚釣島) は航路目標として琉球王国に向かった事から釣魚嶼 (魚釣島) への直接の実効支配もしていたのであった。ところが、日本による琉球王国併合 (琉球処分) によって、琉球王国が消滅し進貢 (朝貢) も冊封も無くなってしまい、清朝中国は間接的にも直接的にも釣魚嶼 (魚釣島) に対する実効支配を失ったのである。(進貢船や冊封船が航行していれば古賀氏が尖閣諸島に鰹節工場等を建設したのに気付き日本政府に抗議したはずである。)

   現代的感覚からすれば、清朝中国が藩属国である琉球王国を失っても釣魚嶼 (魚釣島) への巡視を継続すれば釣魚嶼 (魚釣島) に対する実効支配を失わないはずなので、日本の琉球王国強制併合と清朝中国の釣魚嶼 (魚釣島) に対する実効支配喪失は必然的な因果関係が無いように思えるかもしれないが、当時は領海は三海里で経済水域の概念が無かったため小さな無人島の価値が低く、当時の清朝中国にとっては琉球王国が存続して冊封・朝貢関係を継続する事によってのみ航路目標として釣魚嶼 (魚釣島) の価値が生じるわけで、清朝中国としては釣魚嶼 (魚釣島) のみの実効支配回復より交渉による琉球王国復活と朝貢・冊封の復活の交渉を優先させたのは当然の成行である。

   ともかく、明朝・清朝中国は平和的に琉球王国の宗主国となり、逆に日本は薩摩藩の進攻や明治政府による武力を背景とした琉球処分によって琉球王国を強制併合して消滅させたのである。第二次世界大戦後の国際法の基準によれば日本の琉球併合は違法・無効であり、その琉球 (沖縄) を拠点とした釣魚嶼 (魚釣島) ・黄尾嶼 (久場島) に対する実効支配も違法・無効なものであるが、国際法の時際法の原則によって、第二次世界大戦以前は違法と断定できたか否か疑問がある。しかし、日本の敗戦によるポツダム宣言 (カイロ宣言条項) 受諾によって不正・無効なものとなったはずであり、尖閣諸島領有問題でも、王朝中国による平和的実効支配は琉球王国強制併合で実効支配拠点を得た日本による実効支配より高く評価されてしかるべきなのである。

   尚、現在、沖縄県が日本領になっている事については、第二次大戦後に沖縄で本土復帰運動が起きた事から「自決権」によると解釈すればポツダム宣言・カイロ宣言が沖縄の民衆の「自決」によって修正されたとの解釈が成り立つが、しかし、沖縄の人々が求めたのはアメリカ軍の撤退を前提とした本土復帰であって、日本本土より圧倒的にアメリカ軍基地の多い現状はアメリカが基地・演習場を実質的に租借してるも同然で、「自決権」の真意から逸脱しており、中国及び沖縄県民は沖縄すなわち旧・琉球王国が歴史的な武力緩衝地帯だったとしてアメリカ軍の撤退を要求しうる歴史的権利があると私は考える。

目次

2018年3月2日 (2016年12月11日・当初版は こちら 。)

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浅見真規 vhu2bqf1_ma@yahoo.co.jp


(注) 下記の琉球新報記事参照。

[ 琉球処分 (りゅうきゅうしょぶん) ]

http://ryukyushimpo.jp/okinawa-dic/prentry-43391.html

 

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