(注意)これは、閲覧用ではありません。これは、過去記事保存資料用です。最新版を御覧ください。
ツキノワグマの危険性はヒグマの危険性に劣らない
要旨:
2016年 (注1) に秋田県鹿角市でツキノワグマが連続してネマガリタケ (チシマザサ) のタケノコ採取に出かけた人を殺害し食べていたというショッキングな事件 (注2) が判明するまで大多数の日本人はツキノワグマはヒグマより危険性が低いと思っていたでしょう (注3) 。それどころか、今でもツキノワグマはヒグマより危険性が低いと思っておられる方も多いかもしれません。
しかし、ツキノワグマによる年間の(平均)人身被害数がヒグマによる年間の(平均)人身被害数を上回っている (注4-1) (注4-2) だけでなく、北海道による最新のヒグマの個体数推計データ (注5) を前提に私が計算したところ、一万頭当たりの年間の(平均)死者数は同程度で、一万頭当たりの年間の(平均)傷害事件発生数はツキノワグマによる方がヒグマより圧倒的に多い事が判明しました。
また、平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間の東北地方でのツキノワグマによる人身被害と北海道でのヒグマによる人身被害を比較すると死者数は同程度の可能性が高いものの人身被害者数では東北地方でのツキノワグマによる人身被害者数が北海道でのヒグマによる人身被害者数より圧倒的に多く、また、ツキノワグマによる負傷事例では全身麻酔による緊急手術も相当数有り、眼球摘出による失明等の人生を暗転させかねないような後遺障害を伴う負傷もある事がインターネット上に公開された資料から伺えます。
これらの事から、ツキノワグマの危険性はヒグマの危険性に劣らないと考えられます。
本文:
1. 年間人身事故総数ではツキノワグマによる被害数がヒグマによる被害数より圧倒的に多い。
1980年から2006年までの27年間の熊による死亡事故の被害者数は、ヒグマで6名、ツキノワグマで22名であり、1980年から2006年までの熊による負傷事故の被害者数はヒグマで38 名、ツキノワグマで814 名である (注4-1) 。よって、1980年から2006年までの27年間の熊による人身事故の被害者数は、ヒグマで44名、ツキノワグマで836名で、1980年から2006年までの27年間ではツキノワグマによる人身事故はヒグマの19倍も起きていたのである。
また、平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間の熊による人身事故の被害者数は、ツキノワグマで745名、ヒグマで23名である (注4-2) 。よって、この平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間ではツキノワグマによる人身事故はヒグマの約32倍も起きていたのである。
2. (平均)年間死亡事故件総数ではツキノワグマによる被害数がヒグマによる被害数より少し多い。
1980 年から2006 年までの27 年間の熊による死亡事故の被害者数は、ヒグマで6名、ツキノワグマで22名であった (注4-1) 。また、平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間の熊による死亡事故の被害者数はヒグマで8名、ツキノワグマで12名であった (注4-2) 。よって、(平均)年間死亡事故件総数ではツキノワグマによる被害数がヒグマによる被害数より少し多い事がわかる。
3. ヒグマの最新の科学的手法による個体数の推計値は従来の主観的手法による個体数の推計値より大幅に多い。
北海道は従来は狩猟者を対象とするアンケート調査結果に基づいてヒグマの生息数概数を平成12年度が約1,800~3,600頭、平成24年度が約2,200~6,500頭と見積もっていたが、「北海道ヒグマ保護管理計画(平成26 年3 月)」 (注6) において科学的手法によって平成2年度が5,800頭±2,300頭、平成24年度が10,600頭±6,700頭とヒグマの生息数概数の見積もりを大幅に上方修正した。
従来はヒグマの個体数の推計は主観にたよって算出されていたが最新の推計は科学的手法によって算出されたとの事である (注7) 。最近では微量のDNAでも遺伝子分析可能となったため、熊の毛を採取して毛根から熊の遺伝子DNAを抽出し熊を個体識別するヘアトラップ法 (注8) が採用され、月輪紋 (注9) の無い個体が多いため従来は個体識別が困難だったヒグマの個体識別が 容易になった事も個体数の推計の精度向上に繋がっているのであろう。
4. 個体数・一万頭当たりの年間平均人身事故被害者数ではツキノワグマによる被害数がヒグマによる被害数より大幅に多い。
ヒグマについては、北海道は最新の生息数推定で、平成2年度(1990年度)のヒグマの個体数を5,800頭±2,300頭と推定した (注6) ので、1980年から2006年までの27年間のヒグマの個体数の概数を5,800頭程度と考えると1980年から2006年までの27年間の人身事故被害者数はヒグマで44名なので、1980年から2006年までの27年間のヒグマ一万頭当たり年間平均人身事故被害者数は約2.8人である。また、北海道は平成24年度(2012年度)のヒグマの概数を10,600頭±6,700頭と見積もっており (注6) 、その推定値の10,600頭を平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間のヒグマの個体数の概数と考えると平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間のヒグマによる人身事故被害者数が23名なので、ヒグマ一万頭当たり年間平均人身事故被害者数は約2.4人となる。
ツキノワグマについては、日本野生生物研究センターは1991年にツキノワグマの生息数概数を8,400頭から12,600頭前後と見積もっている (注10) ので1980年から2006年までの27年間のツキノワグマの個体数の概数を10,500頭程度と考えると、1980年から2006年までの27年間のツキノワグマによる人身事故被害者数は836名なので1980年から2006年までの27年間のツキノワグマ一万頭当たりの年間平均人身事故被害者数は約29人となる。また、自然環境研究センターは2007年にツキノワグマの生息数概数の暫定値を約17,000頭から19,000頭と見積もっている (注10) ので平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間のツキノワグマの個体数の概数を若干増加していると仮定して20,000頭程度と考えれば、平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間のツキノワグマによる被害者数は745名なので、平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間のキノワグマ一万頭当たりの年間平均人身事故被害者数は約41人となる。
いずれにせよ、北海道の最新のヒグマの生息数推定を前提にすれば、熊の個体数一万頭当たりの年間平均人身事故被害者数はツキノワグマがヒグマより10倍以上高い可能性がある事がわかる。(ただし、北海道の最新のヒグマの生息数推定の誤差が非常に大きいため10倍以上と断定はできないものの大きな誤差を考慮しても個体数一万頭当たりの年間平均人身事故被害者数はツキノワグマがヒグマより少なくとも3倍以上高いと考えるべきと思われる。)
5. 個体数・一万頭当たりの年間平均死亡事故被害者数ではツキノワグマによる年間平均死亡事故件数とヒグマによる年間平均死亡事故件数が同程度である可能性がある。
既に述べたように、ヒグマについては、北海道は最新の生息数推定で、平成2年度(1990年度)のヒグマの個体数を5,800頭±2,300頭と推定した (注6) ので、1980年から2006年までの27年間のヒグマの個体数の概数を5,800頭程度と考えると1980年から2006年までの27年間のヒグマの襲撃によって死亡した被害者数は6名なので1980年から2006年までの27年間のヒグマ一万頭当たり年間平均死者数は約0.38人である。また、北海道は平成24年度(2012年度)のヒグマの概数を10,600頭±6,700頭と見積もっており (注6) 、その推定値の10,600頭を平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間のヒグマの個体数の概数と考えると平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間のヒグマの襲撃によって死亡した被害者数は8名なのでヒグマ一万頭当たり年間平均死者数は約0.84人である。
既に述べたように、ツキノワグマについては、日本野生生物研究センターは1991年にツキノワグマの生息数概数を8,400頭から12,600頭前後と見積もっている (注10) ので1980年から2006年までの27年間のツキノワグマの個体数の概数を10,500頭程度と考えると、1980年から2006年までの27年間のツキノワグマの襲撃による死亡者数は22名なので1980年から2006年までの27年間のツキノワグマ一万頭当たりの年間平均死亡者数は約0.78人である。また、自然環境研究センターは2007年にツキノワグマの生息数概数の暫定値を約17,000頭から19,000頭と見積もっている (注10) ので平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間のツキノワグマの個体数の概数を若干増加していると仮定して20,000頭程度と考えれば、平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間のツキノワグマの襲撃による死亡者数は12名なので平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間のツキノワグマ一万頭当たりの年間平均死亡者数は約0.67人である。
熊の襲撃による年間死者数は10名未満で年によってバラツキが大きいので統計的な誤差が大きいため断定困難であるが、ヒグマ一万頭当たりの年間平均死亡者数とツキノワグマ一万頭当たりの年間平均死亡者数が同程度の可能性がある。(ただし、ヒグマの生息数の推定は誤差が大きいため、ヒグマの生息数推定での95%信頼区間の下限値の場合にはツキノワグマ一万頭当たりの年間平均死亡者数がヒグマ一万頭当たりの年間平均死亡者数の約3倍以上になる可能性も排除できない。)
6. 年間人身事故総数では東北地方全体でのツキノワグマによる被害数が北海道でのヒグマによる被害数より圧倒的に多い。
東北地方 (青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県の6県) でのツキノワグマによる人身被害と北海道でのヒグマによる人身被害を比較してみたい。まず、面積は東北地方が約67,000平方キロメートル、北海道が約83,000平方キロメートルで東北地方の面積は北海道の面積の約80%である。人口は東北地方が約890万人、北海道が約540万人で、東北地方の人口は北海道の人口の約166%である (注11-1) (注11-2) 。
環境省の『H28年度におけるクマ類による人身被害について [速報値]』PDF (注4-2) によれば、平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間の熊による人身事故の被害者数は、東北地方で371名、北海道で23名である。人身被害では東北地方でのツキノワグマによる人身被害が北海道でのヒグマによる人身被害より約16倍も多い。
7. (平均)年間死亡事故件総数では東北地方全体でのツキノワグマによる被害数と北海道でのヒグマによる被害数と同程度である。
環境省の『H28年度におけるクマ類による人身被害について [速報値]』PDF (注4-2) によれば、平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間の熊による死亡数で比較すると、平成20年度(2008年度)から平成28年度(2016年度)の9年度間の熊による死亡者数は、東北地方でのツキノワグマによる死者が10名、北海道でのヒグマによる死者が8名で同程度である。
8. ツキノワグマによる(死亡に至らない)人身事故でも、治療で全身麻酔を要する事例も多く、眼球摘出・失明事例もあり、人生の暗転も考えるとツキノワグマの危険性はヒグマの危険性に劣らない。
上述の考察から死者数比較ではツキノワグマの危険度はヒグマの危険度と同程度の可能性が濃厚であるが、被害者が死に至らない負傷ではツキノワグマの危険度はヒグマの危険度をはるかに超える。ツキノワグマの人身事故事例で軽傷・重傷の区別が記載されている新潟県のデータ (注12) によれば、ツキノワグマの人身事故事例で軽傷と重傷はほぼ半々である。
また、岐阜県は2009・2010年度 (平成21・22年度) の人身事故被害者14名中4名が高山赤十字病院にドクターヘリで救急搬送されたが、眼球摘出事例も有り、軽傷事例とされる被害者も相当な被害である事が写真からわかる (注13) 。未婚女性の場合、たとえ軽傷に分類される顔面挫創でも人生が暗転しかねない危険性を秘めている事がわかる。また、岩手県では2013・2014年度 (平成25・26年度) の人身事故被害者27名中10名がドクターヘリで救急搬送され、うち8名が全身麻酔下に緊急手術を受けており、鼻欠損を伴う顔面挫創と眼球破裂による眼球摘出事例もあった (注14) 。
それゆえ、東北地方や北アルプスの山に行く場合は北海道の山や原野に行く場合と同程度以上の熊対策をすべきと考えられる。
目次
2017年4月5日
(注1) 秋田県鹿角市では、2015年にもネマガリタケ (チシマザサ) のタケノコ採取に出かけた者1名が2016年のツキノワグマによる殺人食害事件現場付近で行方不明になっており、ツキノワグマに殺され食害された疑いがある (注2) 。
(注2) 『鹿角市におけるツキノワグマによる人身事故調査報告書』 (日本クマネットワーク・作成) PDF 参照。
http://www.japanbear.org/wp/wp-content/uploads/2016/12/kadunoshijikohoukokusho_v3.8.12_161018.pdf
(注3) ただし、2013年からツキノワグマの危険性を指摘されていた方もおられる。
Yahoo!知恵袋のillegal082さんの投稿参照。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10105398495
>ヒグマの被害での年間死亡者は0.4人
>ツキノワグマは0.9ですから、ツキノワグマの方が高いのです。
>ツキノワグマは大人しいなんて言われてるが本州でも顔を傷まみれにされた農家は多数います。
(注4-1) 環境省の『特定鳥獣保護管理計画作成のためのガイドライン(クマ類編)』の「II 種別編(前編PDF)」p.23(PDFとしてはp.8)の「(ⅲ)人身被害状況」参照。
https://www.env.go.jp/nature/choju/plan/plan3-2c/chpt2a.pdf
>死亡事故はおよそ年に1 件程度発生しており、1980 年から2006 年までの27 年間に、
>ヒグマで6 名、ツキノワグマで22 名おきている。負傷事故は、1980 年から2006 年までの間に、
>ヒグマで38 名、ツキノワグマで814 名が記録されている(ツキノワグマは一部の都府県を除く暫定値)。
(注4-2) 環境省の『H28年度におけるクマ類による人身被害について [速報値]』PDF参照。
http://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/injury-qe.pdf
(注5) 北海道環境生活部環境局生物多様性保全課の『ヒグマ生息数の推定について』PDF参照。
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/higuma/suitei.pdf
>平成24年度の全道のヒグマ生息数は10,600頭±6,700頭と推定された。
(注7) 『北海道ヒグマ保護管理計画』(北海道)PDFのp.4(PDFとしてはp.7)参照。
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/higuma/hokkaido_bear_management_plan05.pdf
(注7) 北海道環境生活部環境局生物多様性保全課の『ヒグマ生息数の推定について』PDF参照。
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/higuma/suitei.pdf
(注8) 『ヘア・トラップを用いた個体数推定方法』(米田政明 氏)PDF参照。
https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort5/effort5-2a/kuma20130220a.pdf
(注9) 『クマ類の個体数を調べる』(クマ類の個体数推定法の開発に関する研究チーム)p.11「月輪紋の生体標識としての信頼性(ツキノワグマ)」参照。
http://www.bear-project.org/pdf/Tebiki/tebiki-tougou.pdf
(注10) 環境省の『特定鳥獣保護管理計画作成のためのガイドライン(クマ類編)』の「II 種別編(前編PDF)」p.30(PDFとしてはp.15)の「ヒグマ・ツキノワグマの推定生息数」参照。
https://www.env.go.jp/nature/choju/plan/plan3-2c/chpt2a.pdf
(注11-1) wikipedia「東北地方」参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/東北地方
(注11-2) wikipedia「北海道」参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/北海道
(注12) 『クマによる人身事故発生状況』 (新潟県) PDF参照。
http://www.pref.niigata.lg.jp/HTML_Article/79/319/jinsin.pdf
(注13) 高山赤十字病院医師らによる『クマ外傷の4例』PDF参照
[ 閲覧注意:眼球が飛び出た画像有り ]
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjaam/22/5/22_5_229/_pdf
(注14) 岩手医科大学医師らによる『ドクターヘリにて対応したクマ外傷の10症例』PDF参照。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jja2.12015/full