台湾立法院は靖国神社無断祭祀被害者提訴法(仮称)を制定すべき

 

はじめに

    日本の靖国神社は日本が台湾の領有を放棄した今でも靖国神社に戦死した台湾原住民兵士(高砂義勇隊兵士)を御遺族の台湾原住民に無断で祀っている。そして、台湾の原住民選出の立法委員の高金素梅氏が祭祀取り下げ要求しても靖国神社側は不当・傲慢にも祭祀取下げに応じなかった(注1)。これは重大な宗教的侵害であるとともに今でも植民地扱いしてる主権侵害でもある。そのため、私は無断祭祀された被害者が台湾で容易に提訴できるように特別法を制定される事を勧める。尚、この提訴のための特別法制定は内政干渉でも日本の立法管轄権への侵害でもない。なぜなら、主権侵害に対する防衛目的の法であり、しかも、日本側は日本の民事訴訟法118条の要件を満たさない外国判決の効力を否認できるからである。

    日本はサンフランシスコ平和条約で台湾に対するすべての権利、権原および請求権も放棄したので、国家神道として日本政府が設立した靖国神社が台湾出身兵士・軍属の戦死者を無断で祀るのは戦死者の遺族に対する宗教的侵害であるだけでなく、日本政府がそのような宗教的侵害行為を取り締まらずに放置しているのはサンフランシスコ平和条約に違背するものである。しかし、日本は台北政府が中国正統政府でなくなったのと靖国神社が日本法上は宗教法人として名目上は日本政府と別個の存在である事を奇貨として、靖国神社の宗教的侵害を取り締まっていない。また、台湾本島原住民遺族の場合には台湾本島原住民古来の宗教観に由来する、他部族に身内の死者を祀られる事に対する特に強い嫌悪感も考慮されるべきである。

 

靖国神社提訴のための特別法制定で国際裁判管轄を台湾にできるか?

    一定の条件で外国の民事判決に国内でも効果を認める民事訴訟法の規定は、日本の民事訴訟法118条(注2)だけでなく台湾の(中華民国)民事訴訟法402条(注3)にも同様の規定がある。この事は相互主義の基本条件を双方とも満たしている事を意味する。しかし、台湾の(中華民国)民事訴訟法には不法行為に対する損害賠償請求については義務履行地の裁判管轄がないので現行法では台湾では提訴できない(注4)。しかし、もし仮に、台湾の(中華民国)民事訴訟法に不法行為に対する損害賠償請求について義務履行地の裁判管轄を台湾の法令が認めていれば、日本と台湾(中華民国)双方で、成文法の明文規定上は台湾で提訴可能になる。

    しかし、仮に、不法行為に対する損害賠償請求について義務履行地の裁判管轄を台湾の法令が認めても、被告の予測可能性・被告の便宜・乱訴防止・審理の充実等を考えて不法行為責任についての訴訟で義務履行地に国際裁判管轄を認める事が条理から不当な場合には慎重であるべきである(注5)。ただし、マレーシア航空事件(注6)判決において日本の最高裁判所も国際裁判管轄については「当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがって決定するのが相当」としているので、不法行為に対する損害賠償請求について条理から妥当な場合には義務履行地の裁判管轄も認められる。

        そこで、もし仮に、台湾で靖国神社を提訴可能とすれば、日本と台湾といずれが法廷地国として望ましいか考えてみる。日本は不法行為地であり被告所在地であるが、不法行為地といっても靖国神社側のこれまでの説明が真実ならば、靖国神社についての証拠調べは「霊璽簿」の検証と宮司等の幹部職員の証言であり、日本で裁判をしても靖国神社が宗教上の理由から「霊璽簿」の提出命令に従わないか、もしくは日本の裁判所が文書提出を命じない可能性がある。逆に、台湾で訴訟をしても、台湾の裁判官が靖国神社に「霊璽簿」の検証に赴く事は可能である。そして、証拠調べで、最も重要な無断合祀の被害者である遺族等の当事者尋問・証言について日本では通訳を介してせねばならず真意が伝わりにくく、宗教慣習の理解が困難である。特に、日本人の多くは神社に祀ってもらえるのは結構な事と考える先入観があり公正な裁判が期待しづらい。また、祭祀権者の確定も現地の方がはるかに容易でしかも、祭祀権を争う第三者が異議を唱えやすい。つまり、不法行為対する損害賠償事件としては特殊なもので、不法行為地や被告所在地より、原告住所地の方が審理に適するのである。

   また、靖国神社は年間予算が20億円を超え100人以上の職員のいる宗教法人(注7)であり、台湾での訴訟遂行が可能であるのに対し、無断祭祀された台湾の軍人・軍属の遺族は日本に支援団体がなければ弁護士費用・渡航費用・通訳費用等から個人では訴訟遂行が不可能な場合がほとんどである。このことは、日本における支援団体の意向に従って、首相参拝違憲訴訟に従たる扱いとなる危険がある。(というより、現実には首相参拝違憲訴訟がメインであり靖国神社を被告とする無断祭祀取り下げ請求や無断祭祀慰謝料請求はなされていないようである。)

   さらに、靖国神社は訴外での無断祭祀取り下げ要求を拒否しており、悪質であるので台湾で訴えられないとして靖国神社側の予測可能性や便益を考慮するより、台湾で提訴可能として無断祭祀された被害者の遺族の便益こそ優先されるべきである。

   しかも、本件は日本の台湾植民地支配が原因であり、第二次大戦終結までの合祀分は日本軍の管轄下にあった靖国神社が合祀しており当時の日本法では提訴できなかったのであるが、仮に、靖国神社が当時から民間の宗教法人だったならば台湾が日本領だったので台湾でも提訴可能だった事になる。また、第二次大戦後、サンフランシスコ平和条約で日本が台湾を放棄するまでに合祀された分については台湾は潜在的日本領だったので提訴可能と考えるべきである。そして、サンフランシスコ平和条約発効後に日本の厚生省の協力によって合祀した分については中国(中華民国)の主権を無視して無断祭祀したものであり、主権侵害行為から台湾で提訴されても文句の言えないものである。また、日本の民事訴訟法は不法行為に対する慰謝料請求においても義務履行地での提訴を認めており、逆の事例があれば義務履行地すなわち原告住所地での提訴を認めた可能性が高いからである。

   よって、公正な審理を目指す妥当な特別法を台湾の立法院が制定して、台湾で靖国神社を提訴できるようにしても、日本の裁判所はその判決の効力を否定できない。また、その特別法・靖国神社無断祭祀被害者提訴法(仮称)において、軍人・軍属の戦死者は全て靖国神社に祀られているとの推定条項を設けても、それは公平で妥当な規定というべきである。なぜなら、祭祀されているか否かの証拠は靖国神社にあり、靖国神社による虚偽の証拠提出の危険があるので、靖国神社の無断祭祀の悪質性と日本の厚生省が合祀に協力している事からそう推定するのが妥当だからである。尚、民族感情の高まりから過度に懲罰的な金額の認定防止のために提訴の請求金額に上限を設け、それを超える分の提訴は日本で行うべきものと私は考える。

 

追記(法制定において留意すべき点についての私の見解):

(1)訴訟費用は原則として無断祭祀している靖国神社の負担とする事。(ただし、故意または重過失によって遺族でない者が提訴した場合を除く。)

(2)国際法の主権免除により日本国を台湾の裁判所においては被告にできないが、台湾での確定判決を元に日本において日本(政府)に靖国神社の債務について連帯して支払いを求める根拠としての利用は妨げないことを明記する事。

(3)日本の裁判所が公序良俗違背として無効(注8)にしない程度の認定金額になるように無断祭祀されている戦死者一人についての慰謝料総計に上限金額を定める事。それを超える請求分は台湾内で受理せず日本で提訴すべきものとする事。尚、上限金額は漢族・蘭嶼島原住民・平埔族である事を明確に立証できる者・台湾本島原住民毎に定め、台湾本島原住民については部族古来の宗教観も考慮する事。

(4)提訴権者は、合祀取下げ請求については祭祀権者のみとし、慰謝料請求については祭祀権者および相続人(相続人がすでに死亡している場合においては相続人を相続した者も含む)とし、祭祀権者としての請求上限金額と相続人全員での合計請求上限金額を同じとする事。(祭祀権者が相続人でもある場合には相続人としての資格においても同時に提訴可能とする事)(注9)

(5)戦死者本人または祭祀権者の靖国神社の祭祀に対する明確な同意がある場合には提訴できないとする事。(ただし、日本側の買収や高額の接待または詐欺的行為のあった疑いが濃厚な場合においては相続人は提訴できるとする事。)

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(注1) 下記のメールマガジン「台湾の声」バックナンバー参照。

http://www.emaga.com/bn/?2005060047861307001876.3407

>高金素梅氏は地裁で提訴する時、靖国神社へきた。抗議にき

>たのは分っていたが、せっかくきたので丁重に迎え、お話を

>伺った。「自分の縁者の祭神を下ろしてほしい。持ち帰りた

>い」というので断った。

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(注2) 下記の日本電子政府・法令データ提供システム・民事訴訟法参照。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H08/H08HO109.html

(外国裁判所の確定判決の効力)

第百十八条  外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。

一  法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。

二  敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。

三  判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。

四  相互の保証があること。

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(注3) 日本語訳・中華民國六法全書、張有忠 翻訳・監修、日本評論社 (1993)参照。

尚、2003年(民國 92 年) 6 月 25 日 修正・中国語原文は台湾の(中華民国)法務部全國法規資料庫工作小組HP参照。

http://law.moj.gov.tw/Scripts/Query1B.asp?no=1B0010001402

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(注4) 台湾は靖国神社による無断合祀という不法行為による被害の結果発生地であるが、輸出企業による製造物責任以外では、結果発生地を不法行為地として裁判管轄権を認めるのには慎重であるべきと私は考える。しかし、輸出企業による製造物責任の訴訟で結果発生地に不法行為地としての裁判管轄を認めるべき理由と靖国神社による台湾出身の軍人・軍属の無断祭祀につき台湾に裁判管轄を認めるのが妥当である理由の間に類似点があるのには注目すべきである。すなわち、輸出企業は対価を得ているので帰責性が高いが靖国神社も日本の戦意高揚等のために台湾出身の軍人・軍属を無断祭祀しており帰責性が高い。また、輸出企業はその製造物が原因で外国で被害発生させる事を予見すべきであるが靖国神社も台湾出身軍人・軍属を遺族に無断で祭祀すれば台湾住民に精神的苦痛を与える事を予見すべきであっただけでなく祭祀取り下げ要求も無視しており台湾住民からの提訴も予見できた。さらに、製造物責任による審理の大半は製造国より被害発生国でなされるが、靖国神社の無断祭祀事件も「霊璽簿」の検証を除けば、祭祀権者の確定や原告被害者等の証言も被害結果の発生した台湾でするのが言語・習慣や第三者の異議の便からも相当だからである。さらに、製造物責任では通常は加害企業の経済力が被害者の経済力より勝り海外での訴訟遂行能力があるが、靖国神社の場合も台湾で訴訟遂行可能な程度の経済基盤があるのに対し、台湾の被害者の多くは日本の支援団体の協力なしには日本での提訴が経済的に困難な状況にある点も類似している。

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(注5) 国際裁判管轄については、国際私法概論・木棚照一・松岡博・渡辺惺之 著・有斐閣 及び、

下記の入稲福智氏(平成国際大学法学部助教授)のHP参照。

http://eu-info.jp/ICPL/3.html

http://eu-info.jp/ICPL/4.html

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(注6) 最高裁判所民事判例集・35巻7号p.1224-p.1243・昭和55年(オ)第130号事件・昭和56年10月16日第二小法廷判決参照。

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(注7) 靖国神社 に関するWikipediaのHP参照。

http://ja.wikipedia.org/wiki/靖国神社

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(注8) (日本)民事訴訟法118条3号および下記の平成9年7月11日 最高裁第二小法廷・判決 平成5(オ)1762 判決参照。

http://courtdomino2.courts.go.jp/schanrei.nsf/0/9e2cb401888aad5449256a8500311db1?OpenDocument

外国裁判所の判決のうち、補償的損害賠償等に加えて、見せしめと制裁のために懲罰的損害賠償としての

>金員の支払を命じた部分については、執行判決をすることができない。

 

上記判決は基本的請求が不法行為に対する慰謝料請求ではなく基本的請求が賃貸借契約に関する損害賠償の訴訟において懲罰的損害賠償を付加する事を否定したものであって、基本的請求が不法行為に対する慰謝料請求においては懲罰的事由が存在する場合において精神的被害の大きくなる特徴があるので、かかる場合にまで懲罰的加重を全面的に否定したものではないと推測されるが、一般的に言って日本の裁判所は懲罰的加重を認めない傾向があるようである。尚、上記判決において民事訴訟法200条は旧法であり、現行法では民事訴訟法118条が対応する。

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(注9) たとえば、無断祭祀されている戦死者Aの妻Bもすでに死亡し、Aの子CとDが相続人でCに祭祀権がある場合で、戦死者Aに関する慰謝料総額上限の75%を祭祀権者であるとともに相続人でもあるCが請求でき、単なる相続人のDの請求可能分は25%とするのが妥当と思われる。

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靖国神社の高砂義勇隊兵士遺族のへの祭祀取下げ要求と原住民の宗教観

(附録) 台湾を理解するためのキーワード

2005年7月4日( 当初版・2005年6月22日 )

浅見真規 vhu2bqf1_ma@yahoo.co.jp

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