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 北川県城全景写真の遠山Dは地形図のどこに同定すべきか?

 

  

 上掲の北川県城全景写真で私が方位決定用に「遠山D」と名づけた遠山は地形図のどこに相当するのかを以下で検討する。

ここで、上掲の北川県城全景写真の「遠山D」の中腹に色彩が比較的保持され北川県城に比較的近い特徴的な斜面がある。(北川県城全景写真のより大きな画像は百度空間のhaicheng_78925氏のネット上のアルバムにある画像をクリックすると見れるので、そちらも参照されたい。)これを地形図上に同定できれば、「遠山D」も地形図上に同定できる。

上掲の地形図(Google Maps参照)は、その「遠山山麓特徴的斜面S」を同定し、それを基に「遠山D」を同定したものである。尚、「遠山A」は標高から同定し、その二つの間に「遠山B」、「遠山C」を同定した。そうすると、林愛明教授と同じ地点を撮影した中国雲南省紅河州地震局HP・中国地震局地質所(何宏林・研究員ら)作成の報告記事の写真で写真中央が「遠山C」と「遠山D」の中間なので写真撮影方向(道路方向)は真北より10度弱東に向いているという結果が出る。これは、その緯度・経度データから地形図に同定した「乙」地点で道路がほぼ北に向いている事と整合する。また、台北政府所有の福衛二号の衛星写真の角度(ただし、若干扁平なので角度は若干不正確)とも整合する。

しかし、問題がある。上掲の地形図と光の完全直進を前提とし樹木の植生を無視すると地点Oも地点Uも林愛明教授撮影地点「乙」から見れないはずだという事である。

 

地点O

地点P

地点R

標高

約1770m

約1000m

約960m

比高

約990m

約220m

約180m

「乙」からの距離

約6.84km

約2.60km

約1.21km

比高/距離

約0.145

約0.085

約0.149

地点Rのある地点「乙」の近くの尾根に遮られて地点Oは(地形図と光の完全直進前提では)見れないはずである。

 

地点U

地点V

地点W

標高

約1650m

約1090m

約980m

比高

約870m

約310m

約200m

「乙」からの距離

約5.86km

約2.19km

約1.21km

比高/距離

約0.148

約0.142

約0.165

地点Wのある地点「乙」の近くの尾根に遮られて地点Uは(地形図と光の完全直進前提では)見れないはずである。

しかし、現実には、地点Oも地点Uも地点「乙」からの四川大地震発生直後の写真では写っているのである。

これは、「遠山D」と地点「乙」の間にあった地点「乙」の近くの尾根が地すべりして標高が低下した事が最大の原因と思われる。(香港中文大學太空與地球信息研究所HPにある台北政府の福衛二号の四川大地震後の衛星写真参照。地点「乙」に近い尾根の地点Rには樹木の緑が残っているが、その下で尾根の地肌がでており、また、地点Rの上でも尾根の地肌が出ているので、地点R付近も地すべりしたと推測できる。)また、地点「乙」の近くの尾根の地点Wの場合には地すべりで樹木の植生が無くなり、遠山Dには地震後にも樹木があると思われるので、それも「遠山D」の地点Uでは樹木の背丈分写真では高く見えるはずである。それも寄与しているのだろう。

尚、ごくわずかではあるが、光が気圧による大気の濃淡の屈折率の変化により曲がる「大気差」という効果も寄与している。理科年表には大気圏外の天体や人工衛星を見る場合の「大気差」のデータがあるが、地球上の二点の場合のデータは載っていないので、気圧低下比率分だけ「大気差」の効果が生じると仮定して、また、大気の状態も標準状態と仮定すると、地点Oは実際より約1m程度高く見えるはずである。(ただし、四川大地震で発生した火災により北川県城のある谷に屈折率の高い二酸化炭素が多く含まれる空気がよどんでいたら、もっと「大気差」の効果は大きいかもしれない。)


2008年8月4日

浅見真規  vhu2bqf1_ma@yahoo.co.jp

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